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Re[63]: つれづれなるままに 22
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□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/03/11(Wed) 18:38:56)
| No45485に「エポケー」っていうの出てきてる。現象学事典のなかから、書き写しておくね。
エポケー [(ギ)έπoχ΄η(独)Epoché] p42 (Epo)―――――――――― @フッサールがその思想的生涯において幾度となく主題化した現象学の根幹にかかわる反省的方法概念。エポケーには多様な形容詞が冠せられるが、大別すれば、現象学的エポケーと普遍的エポケーが重要。 A前者は、とくに『イデーンT』で論じられたもので、意識と対象との相関的結びつきを考察するために、意識が対象と素朴に関わる「自然的態度」を「遮断」し、それを根本的に変更する方法的懐疑の操作を意味する。 その操作においては、自然的態度における一般定立が排去されて括弧に入られ、いわばそのスイッチが切られ、定立がストップされる。この「括弧入れ」の操作を通じて、現象学的に固有の新たな存在領域としての純粋意識が開示される。 後者は、1920年代中頃以降に『現象学的心理学』や『第一哲学』などで力説され始めたもので[Hu8.92ff.,Hu9.336ff.参照]、そこにおいては、主観性と世界との関係に焦点が当てられる。すなわち、現象学的エポケーによる自然的態度から反省的態度への転換の際に暗黙のうちに前提されていた自我の内世界化的自己統覚が疑問に付され、世界はそれを構成する超越論的主観との相関関係において主題化されるのである。 B以上の二種類のエポケーによって、その遂行者としての「傍観者」に、自然的意識のあらゆる存在定立や世界が、反省的に把握可能な自我の構成的意識現象として与えられる。このようにして開示された現象に依拠しつつ、本質直観にもとづく現象学的記述が進められるのである。 ―――――――――――― 〇番号はわたしが付けたのね
「エポケー」っていうの、 (Hu-L3)では「判断停止」ってなってる。 そして、 (Hu-L4)に「いぜんとしてなをもずっと現にそこに存在し」「絶えずそこにあり続ける」「そこでは何も失われはせず」「括弧に入れられたまま保持され、残っている」 ってあって、 No45451(Me-L1)に『…これらの主張を保留する…』ってあって、たしかメルポンの本の日訳のなかに「判断保留」って訳されてた記憶がある(どこにあったかわすれちゃったけど)。 否定も肯定もしない状態、ってして見ると「判断保留」の方がいいかな、ってわたし思ってる。
@に〔反省的方法〕ってある。(なんかデカルトの「方法的懐疑」みたいに「方法」のことみたいなんだと思う) で、 わたしに見えたのをちょっとまとめると、
(Apm)自然的態度の一般的定立を括弧に入れ、判断保留(エポケー)したままにしておく、っていう現象学における反省的方法。
でいいかな。
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