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Re[82]: つれづれなるままに 22
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□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/03/27(Fri) 19:00:20)
| わたしのお喋りあっちこっちしてるけど、 No45538の(Hu-L7)@のところ。 フッサールの課題に〔学問の究極的基礎づけ〕っていうのがあるみたいなんだけど、 〔学問の「究極的基礎づけ」というプログラムは破綻せざるをえないであろう〕 ってある。 「学問の基礎づけ」、 No41741『デカルト的省察』のなかにあったので書き出しておく。 (af)――――――――――― こうして、私たちそれぞれが独自に、自ら根本から哲学を始める者となる決意をもって、これまで通用してきたすべての確信と、とりわけすべての学問とを働かせないことから、新たに始めることにしよう。 私たちの省察を導くものは、デカルトの場合と同様、根本的な真正さにおいて基礎づけられるべき学問、そして最終的には一つの普遍的な学問(1)、という理念である。(P26) 訳注(1)デカルトは、学問を「一本の樹」に喩えていた。「哲学全体が一本の樹のようなもので、その根は形而上学、幹は自然科学、この幹から出る枝は他のすべての諸学で、これは大別して三つの主要な学、すなわち医学、力学および道徳にまとまられます。」(『哲学の原理』仏訳者への手紙)に出てくる「普遍学」という構想も、ここから由来する。 ――――――――――――― ってあった。 (Hu-L8)の、〔基礎づけるものであり基礎づけられるものである〕っていう〔生活世界の二義性〕 っていうのは見とうとして、
わたしここらへんは興味ないから、このぐらいでいいとして、メルポンのがあったので次にそれを書き写すね。
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