| 桜を見に行った。 もう盛りは過ぎたみたい。 春の嵐で枝があちこち折れてた。きれいな花がついたまま折れてた。 昔に人々が植えたのだろうか。老木が目立つ。 頭の中でリフレインされたダンマパダについての自己流の記憶…
ぼくたちは死ぬと覚悟しよう。 死ぬと知るものに争いは止む。 (´-`).。oO
家に帰ってBhikkhu Sujato様の英訳(ダンマパダ6)を見た。
『When others do not understand, let us, who do understand this, restrain ourselves in this regard; for that is how conflicts are laid to rest.』
そうか、直接、原文に『死』が出てきてるわけではなかったかな〜 なんか単語が解釈がややこしかったような・・・
パーリ語原文は、(※記号は省略)
『Pare ca na vijananti, mayamettha yamamase; Ye ca tattha vijananti, tato sammanti medhaga.』
中村元先生の日訳は
『「われらは、ここにあって死ぬはずのものである」と覚悟をしよう。---このことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人々があれば、争いはしずまる。』 (岩波文庫『ブッダの真理のことば感興のことば』p11)
自己流記憶は中村先生の影響だな。先生の訳はやさしく心にしみるんだよなぁ。
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