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Re[94]: :つれづれなるままに
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□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/12/13(Sat) 17:54:37)
| No44874の「クローン人間」については別の面(細胞分裂して分化して個体が形成されてゆくその“環境”)からも見て考える必要があると思うんだけど、話がそれるからやめるね。
No44866で、〈超越的なもの〉〈神〉〈神の創造物〉〈人間〉〈主(するもの)〉〈客(されるもの)〉の関係を過去のいきさつからわたしなりに見て、「超越的なもの」のわたしの見方(意味)ができたところで、 「超越論的」についてね。
「人間」を「私」っていう用語に(だってわたしも人間だと思ってるし)、〈神の創造物〉を〈世界〉っていう用語でおきかえて見たのね。 〈世界〉の内に「私」っていうのを縁取って、その他のものを「私の外にあるもの」ってして見るのね。 そして、 (1)「私」を[sub〈主〉]ってして、 (2)「私」の観念を〈主観〉ってして、これを[subje〈主観〉]ってして、 (3)〈私の外にあるもの〉、これを簡単に〈外的なもの〉って言って、これを[ob〈客〉]ってして、 (4)この[ob〈客〉]が私の内に構成されたもの(観)を[obje〈客の観〉]ってする。 この[obje〈客の観〉]っていうの、ちょっとややこしいんだけど、[ob〈客〉(私の外にあるもの)]のなかには[他者によって考えられたもの]も含まれるよ。 で、 (a14)この[ob〈客〉]と[obje〈客観〉]の両方を「超越的なもの」ってして見るのね。
こういうふうにして見たなかで、 「超越-論的」なんだけど、 「超越」→[ob〈客〉/obje〈客観〉] で、 (a15)「超越論的」⇒[ob〈客〉/obje〈客観〉]を論するような、とか、〈[ob〈客〉/obje〈客観〉]を語るような〉 って見るのね。 そして、 「超越論的主観性」の「主観」を[subje〈主観〉]ってして、「性」を〈性格〉ってして、 (a16)「超越論的主観性」⇒[ob〈客〉/obje〈客観〉]を論する[subje〈主観〉]の〈性格〉 ってして、 「超越論的自我」の「自我」を〈考える我〉(ego)ってして、 (a17)「超越論的自我」⇒[ob〈客〉/obje〈客観〉]を論する[subje〈主観〉]の〈考える我〉 って、わたしのばあいなるのね。
ちなみにわたしの「私」と「ego」の関係なんだけど、 (AIe)私(自分)の内のego(考える我)っていう領域 みたいなんになってる。
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